東電賠償スキーム(原子力損害賠償支援機構法案)についての素朴な疑問 |
こういう事態に対処するということで、今月28日に原子力損害賠償支援機構法案(略称「支援機構法案」)というのが衆議院で可決され、29日から参議院での審議が始まったのですが、まあこういった法案です;
・東電の上場を維持する。
・東電の社債を保護する。
・電力事業継続と今回の事故の賠償支払いを支えるため、また、今後万一同様の事故が起こった場合に備えるため、機構を作ってそこに公的資金と東電以外の電力会社からの資金を入れる。
私はこのあいだうちから、福島原発の被害者に対してできるだけ早く、できるだけ十分な賠償金を仮払いできるようにしようという趣旨の「仮払い法案」(原子力事故による被害に係る緊急措置に関する法律案)というのにたまたま興味を持って国会審議をネットの動画や何かで見ていたんですが、この仮払い法案の審議の最中に、与党議員の質疑の時はもとより、野党議員から政府側の答弁者に対する質問の間にも、再々支援機構法案の話が出てくるんです。それが何かどうにも変なんですね。無理やりっていうか説得力がないっていうか。
たとえば、既にこのブログにも投稿したものですが、7月11日の参院復興特別委員会、「これまでの東電による被害者への仮払いについて、被害者の満足度を政府はどのように思っているか」という公明党の渡辺孝男議員の質問に対して、松下経産副大臣の答えがこれでした。
もちろん様々なご意見がございまして、十分満足しているという方たちは少ないと思っています。一世帯ではなくてひとりひとりという考え方もございますし、まとめてそうして仮払いではなくて毎月毎月の分割払いにしてほしいというようなことも意見も聞いております。しかし手続きも大変煩雑になりますので、やはり一括仮払いをお支払いして、あとは自分たちの責任において、その、大変失礼な言い方でありましょうけれども、家計の問題とかいうような問題、上手に使っていただければありがたいと、こう思っているわけでございまして、そういう意味でも早く賠償の本賠償に入るための機構、スキームをしっかり作って本交渉に入りたいと思っておりますので、その法案の審議を早く進めていくことが大事だと、これを国会の皆様方に心からお願い申し上げる次第でございます。
さらにそのあと、渡辺議員が松下副大臣に振ってもいないのに、柳田委員長が渡辺議員の抗議も無視して無理やり松下副大臣を指名して、で、松下副大臣が再度述べたのがこれ↓。括弧の中はブログ筆者の追記です:
現行法のもとで1200億円という支払い限度額が現存しておりまして、その範囲内でできるだけ色んな被害を受けた方たちにしっかりと、まず仮払いでも、あるいは出荷制限でも、農林漁業者でも商工業者でも、とにかくお支払いをしていきたいという、限度額そのものを目一杯使いたいということでやったわけでございまして、それで(被害者1世帯に対して)250万円あるいは(損害額の)2分の1という制限をしたわけです。早く本交渉をやりたいので、早く機構法案を通してください。お願いいたします。
何じゃこれは。
何かあるよこれは。
大体、ここに引用した分だけでも重要な突っ込みどころがある気がします。だってね、事故の収束の目途がまだ立ってないわけだから、今避難してる人がいつ帰れるのか、全然確定してないわけですよ。ということは、被害額だって確定してないですよね。新たに稲藁の問題とかも出てきちゃって、農家の被害も風評被害も範囲の確定なんてしてないし。
たとえば車にはねられて怪我して入院して、あとどれくらい治療すれば治るのか、いつ仕事に復帰できるのか、この先治療費がいくらかかるかわからない状態で、示談書に判子押します?
今の時点で「早く本交渉をやりたい」って、おかしいじゃん。
というわけで、今回は、いつものようにひとつの委員会でのひとりの議員による質疑のやりとりを流れに沿ってご紹介するのではなくて、この支援機構法案、つまり、東電の賠償スキームに関する法案について、いくつかの発言を拾い出して考えてみました。
まず、そもそも東電賠償スキームを作るに当たっての政府の方針として、「東電を債務超過にさせない」・「東電を破綻処理させない」というのがあるんですね。
これに対しては野党議員から当然こんな批判があります。
もし本当に、本当にですね、救済をしたいんであれば被災者の皆さんを、やはり一回国営化するべきだと思うんですよ。会社更生法、まあ法的整理をしてですね、国がしっかりと責任を持って賠償しますという考え方のほうが、より明確で正しいんじゃないかなあというふうに思うんですが、いかがでしょうか。
(7月11日参院復興特別委 みんなの党の松田公太議員)
なぜきちんと法的破綻処理をしないんですか。法律にのっとった破綻処理をするのが一番公明正大じゃありませんか。
(7月14日衆院復興特別委 自民党の河野太郎議員)
要するに、今すでに膨大な額にのぼり、これからどこまで膨らむかも分からない福島原発事故の賠償金を考えると、いずれにしろ政府の支援(要するに税金つまり国民負担)というのは必要なのだけど、国民に負担を求めるなら、東電はちゃんと破綻処理して、東電が自力で払えるものはすってんてんに払うのが筋だよね、ということですね。電力供給は何らかの形で維持する必要はあるからそこは別としても。
で、これに対する政府の見解はこうです↓。カッコ内はブログ筆者の追記です。
今松田委員の(東電を会社更生法で法的整理すべきだという)ご指摘、私どももですね、色々と検討させていただいてはおります。しかし、先ほどおっしゃっていただいたように、たとえば、本当に被害者を救済しようと思ったら、東電を国有化して、そこから先、国が責任を持って、賠償にも、それから、これから先の電力の安定供給にもあたるべきではないかと、こういったことも色々考えてはみました。
しかし、たとえば一例で申し上げると、現在国有化するためには、一旦東電を、たとえば更生法の適用を申請するか、そんな手続きが必要になってまいりますが、そうしたことに踏み切ろうと思った瞬間に、色んな債権債務関係を見渡して、実は、たとえば社債のように一般的な公的社債として発行されているものはですね、優先弁済権を持ってしまうということがございまして、こうしたことが実際に法制どおりに実行されてしまいますと、今おっしゃっていただいたような被害者の救済のための資金を最優先で確保することができなくなってまいります。
(7月11日参院復興特別委 和田隆志内閣府政務官)
私どもが閣議決定でそういう内容(東電を債務超過にさせないということ)を決めましたのは、これは言うまでもございません、やはりこの原子力災害によって大きな被害を受けた方々がいらっしゃるわけでございますから、その人たちに迅速かつ着実に賠償金が支払われるようにということでございます。
あと、もう一つだけつけ加えるとすると、今、まだ事故が完全に収束をしておりません。この事故の収束のために当たっておりますゼネコンの方々でありますとか、あるいはいろいろな会社の方々がここに入って、そして本当に一生懸命になって事故の収束のために頑張っているわけでございますから、やはりそういう人に対する支払いなども滞らないようにという思いがございました。
(7月14日衆院復興特別委 海江田万里経済産業大臣の答弁)
つまり、東電を法的整理してしまうと、ルール上、東電が売ってる電力債(一般社債)の持ち主がいっぱいいて、そういう人のほうが、今回の事故の被害者とか事故処理作業の請け負い先より優先してしまうので、肝心の被害者やなんかが賠償金やなんかをとりっぱぐれる、という理屈。
こういうときにはあの方に聞いてみましょう。そう、高橋洋一先生に。
債権のカットには技術上の問題がある。電気事業法37条に基づく一般担保による優先弁済だ。金融機関関係者はこれを主張し、被災者への賠償より自らの債権を優先弁済すべきという。
ほうほう、この点は政府の言うとおりなわけね。しかし続きを読むと、
(中略)
被災者への賠償は人道上の問題である。その点を絶対考慮すべきであり、通常の求償権と同列に扱って、被災者より債権者を優先すべきというのはいかがなものか。今の政府案は、株主と債権者を先に保護するが被災者の救済は後回しにして人間的な配慮が欠けているといわざるをえない。
全くだ!
私はかつて不良債権処理を数千件も扱ってきたが、法的な弁済順位は一つの目安であり、決して絶対的なものではない。いろいろな関係者の話合いから、常識的な答えが出るものだ。
(ここまでの引用は「現代ビジネス ニュースの深層 「東電を解体、電力業界に新規参入で電気料金を値下げし、国際競争力アップを図れ」より。リンク先はこちら)
そういう方向付けをするのが政治家の仕事なんじゃないのかな。
「東電を破綻させない」「債務超過にさせない」というのは、実は「株主、社債の持ち主と銀行を保護する」つまり、東電のステークホールダーは損をかぶらず(株の配当がなくなるという損はあることはあるけど、株券が紙切れになるというのとは話が違う)、その分は国民負担に回る、ということと同義なわけですね。
この法案についてはずいぶん早くから色々な人が批判していて、たとえば、今さっき挙げた『現代ビジネス』の中だけでも、磯山友幸氏の「東電上場維持で得をするのは誰か まず存続ありきの『援助スキーム』の闇」というのもありました。
で、自民・公明は民主党と修正協議を重ねた結果、衆院通過したわけなんですが、むしろ当初の政府案よりさらに悪くなったという意見があって…。
「原子力損害賠償法の修正を許すな! 東電を債務超過にしないというオプション」(岸博幸のクリエイティブ国富論 『ダイヤモンドオンライン』)
「経産省元キャリア官僚が緊急告発『原子力損害賠償機構法は税金による東電と株主の救済策だ」(原英史 『現代ビジネス』経済の死角)
昨日のウェイクアップ!プラス(日テレ)でも、経産省の古賀茂明氏がこの法案を取り上げて批判していらっしゃいました。
修正案では何となく破綻処理の可能性も匂わせるがごとき文言が入ってはいるけれど、明確さに欠けるので結局何の効果もないどころか、当初政府案で公的資金の投入が(いずれは返済することを想定する)国債だったのが、修正案では(返済の義務のない)国の予算を直接じゃぶじゃぶ入れられるようになってしまった、というのが批判の骨子です。(詳しくはリンク先を読んでみてください。)
この法案はもう衆院を通ってしまったので、参院での審議に付されるわけですが、野党の先生方、特に自民・公明両党の先生方は、これでいいんでしょうか。(ええと、すいません、民主党には期待してません。期待できない理由はここまでの政府側答弁の引用で明らかだと思います。)
あ、みんなの党は頑張ってます。(別に私は党員でも支持者でもないですが、どの党だからとかじゃなく、案件ごとに是々非々で判断すべきだと思いません?)
「電気料金をさらに上げて東電を不死身にするための法案が今、国会を通過しようとしている」松田公太議員×原英史氏対談(ガジェット通信)