小沢・菅・鳩山 on クリスマス |
永田町・権力の漂流 後編 1
N: 10月上旬、四国の山あい。雨の中をお遍路めぐりをする、前内閣総理大臣、菅直人の姿があった。総理大臣の重責を担った1年3ヶ月、菅は厳しい批判にさらされ続けた。
谷垣(国会質問): 総理に申し上げたい事は、ただひとつ、お辞めになったらいかがですかと。
山口(国会質問): 総理、一体、やる気があるんですか?
N: 6月、菅内閣への不信任案を巡って混迷を極めた政治。焦点となったのは、小沢一郎と鳩山由紀夫の動きだった。
小沢: 我々は、不信任に賛成してでもこの内閣は替えなくてはいけないと。
鳩山: 合法的に行う手段としては、これしかないんではないかと。いざという時には覚悟を決めなきゃならんかなと。
N: 民主党内の勢力と連動し、菅政権打倒を目指した自民党。構想は具体化した。
森喜朗: 小沢さんの方にはしっかりとした数字がもう出来ていると。不信任を出しても賛成する人たちがこれだけいるし、間違いなくやれると。
大島理森: 谷垣総理で連立組もうかという真面目な提案をしたこともございます。
N: 与野党入り乱れて菅降ろしへと向かう中、民主党はこの時、分裂の瀬戸際に追い込まれていた。
中山義活: 不信任案というのは、民主党を分裂させるための爆弾だと。
北澤: そこに崖っぷちがある所へみんなして走ってってるんだから。柵のない所に行けば、向こうへ落ちるに、地獄に落ちるに決まってるんだから。
N: かつて民主党をひとつに束ね、政権交代へと導いた、小沢、鳩山、菅のトロイカ体制。
松木謙公: 三本の矢が一本の矢になって、政権取ったんだから、まずこの三人が仲良くしてくれなきゃ困るんじゃないですかと。この3人がきっちりしてくださいよと。
N: しかし、政権交代を達成した後、結束は失われていった。
鳩山: ある意味で、上っ面な部分でのお付き合いはあったけれども、お互いに疑心暗鬼になってしまって、能力というものを認め合おうとしていなかった。
菅: 小沢さんの場合は、基本的には鳩山政権でも小沢さんが中心の鳩山政権であり、誰がやっても小沢さんが中心の政権を目指されるんですよ。
小沢: マニフェスト、あんなもの作ったのが悪かったみたいな話をね、今になってしたりね。もう何て言うかな、メチャクチャなんだよね、そういうところがね。
N: 未曾有の機器への対応を求められながら、政治はなぜ混迷を深めていったのか。
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タイトル 証言ドキュメント 永田町・権力の漂流
鳩山: 新しい日本を作っていこうではありませんか。
N: 圧倒的な民意の後押しで起きた2009年の政権交代。あれから2年、3人目の総理大臣が誕生し、政治の再生が求められている。「証言ドキュメント 永田町・権力の漂流」。後編は、政界再編も視野に繰り広げられた権力闘争の実態に迫る。
タイトル 後編 勝者なき権力闘争
N: 記録的な猛暑となった去年夏、参議院選挙直後の民主党は大きく揺れていた。
2010年7月民主党両院議員総会 「最高司令官が戦争で大敗北したんじゃありませんか。精勤をどのように取るんですか」「菅総理自ら責任を取るべきだと私は思います」
N: 選挙敗北の責任を問われていた菅。しかし、続投の意志は固かった。
菅: もし私が参議院の敗北で辞めて、今後次の方がやってもですね、多分自民党はかさにかかって解散しろと言ってくるでしょう。で、解散に追い込まれると同じ事になると。つまり、せっかく自民党が入っていない政権が出来たにも関わらず、また1年足らずでですね、自民党中心の政権に戻ると。どれだけ叩かれても、ここは踏ん張ろうという事を、選挙の結果が出る前から決意してました。
小沢: 国政選挙で破れたらね、リーダーが責任取らなきゃ駄目ですよ。それをね、わずか何ヶ月だから、また替えるのはおかしいとか言う俗論がまかり通った。それが根本の問題点じゃないでしょうかね。突然消費税ということも言い出して、民意を見誤っちゃったね。
N: 菅は、なぜ自らを追い込んだ消費税発言に踏み切ったのか。複線は、財務大臣就任直後、去年1月に遡る。
テロップ 2010年1月 赤坂
N: 政務官の古本伸一郎らを焼き肉店に呼び出した菅。ビールで乾杯しようとするのを制し、ある政治化の名前を挙げた。
古本(当時財務大臣政務官): 「あの小泉純一郎さんでさえ、支持率7割を誇った小泉純一郎さんでさえ、出来ない事があったんだ」と。「つまり、消費税である」と。「その事をきちっとやり遂げて次の時代に渡すのが自分たちの世代のやり残した事である」と。
N: 一方、国会答弁では、早期の増税には慎重な考えを示していた。
菅(2010年1月財務相当時の国会答弁): 4年間、消費税の引き上げをやる事はしないと。もうこれ以上は逆立ちしても鼻血も出ないというほど完全に無駄をなくしたと言える所まで来た時に、必要であれば必要な措置を取ると。
N: この答弁の2週間後、菅は、G7財務相会談出席のため、カナダを訪れた。ここで焦点となったギリシャの財政危機。各国の危機感に直面した。財務副大臣の峰崎直樹。カナダから帰国した菅の発言に驚いた。
峰崎: 「ところで、峰崎君、予算編成終わったけれども、今予算これから審議するんだけども、来年予算組めるかい?」って、こうおっしゃった訳ですよ。「組めるかい?」というふうにおっしゃったんで、「いやいや、組む以外ないんですよ」と。「どうするんだ?」と言うから、「それは財源はやっぱり足りない分は所得税を上げたり、税を上げなきゃいけないんじゃないですか」という話をしたら、「それでもつか?」というふうにおっしゃったんですね。「と言いますと?」って言ったら、「消費税上げなきゃ駄目だろ」って。
「もう鼻血が出るくらい無駄を省かない限り、消費税の引き上げはない」と国会で発現されている訳ですから、堂々と。その菅さんの口からですね、「消費税を上げる以外ないんじゃないか」という話を聞いた時に、「えっ?」。
菅: ギリシャ危機に対して、それこそ東京マーケットが開く何時までに結論を出さなきゃいけないとか、どこどこのマーケットが開く何時までに何らかの案が必要だとかという緊迫した場面を体験したもんですから、やはり消費税をきちんと上げていかないと、ギリシャのようになってしまう。あるいは、社会保障が十分に行かない。更に言えば、景気もそうした方が、使い道さえ間違わなければよくなるというふうに私は思ってますので、そういうことで提案した訳です。
N: 更にこのあと普天間基地の移設問題で苦しんでいた鳩山に、菅はこう話していた。
鳩山: 「鳩さん、あなたは普天間で今苦しんでるけれども、いい方法があるよ。普天間を消すには、もっと大きなテーマを国民に伝えればいいんだ。それは消費税だよ。消費税の発言を言ったとたんに普天間は吹っ飛ぶから」と。私は、何度も来られた時に、「それは無理だ」と。「消費税の発言は今するべきではないと私は思う」というふうに申し出たんですが。
聞き手: いわゆる菅さんの消費税発言があった時は?
鳩山: あ~、ついにおっしゃったな、という気がしましたね。
N: 参院選で惨敗した菅の続投を批判していた小沢。菅降ろしに向けた戦略を考え始めていた。
字幕: 京都 2010年8月
N: 去年8月、京都。小沢と側近の高嶋良充は、鴨川に面した料亭で向き合っていた。この席で高嶋が「菅は今後の政権運営に行き詰まり、自ら辞任するのでは」と話した時の事だった。
高嶋: 「君は、まだ甘いな」こう言われた。それで、「なぜですか?」とこう言ったら、「菅君の性格、知ってるか? 権力亡者だとは言わないけれども、権力にしがみつくぞ。どんな事があっても辞めない。どんな事があっても。それは、菅君を降ろす場合は、民主主義のルールに則るしか方法がないよ」と。「二つしかないよ。代表選挙で落選させる事か、もう一つは、衆議院で不信任を可決させる方法しかない」
N: 去年9月、小沢は菅降ろしに向け、まず党の代表選挙に立候補した。
菅(代表選当時の街頭演説): クリーンでオープンな政党をしっかり作り上げ…
小沢(代表選当時の街頭演説): 政治家が自分の責任でもって政治行政を断行する。
N: その結果…
民主党党大会 「新しい代表には菅直人さんが当選した事を…」
N: 国会議員表は拮抗したものの、菅が党員票で圧倒し、小沢を抑えた。
菅: 選挙は終わりました。お約束したように、ノーサイド。挙党体制で頑張り抜く。
N: 選挙後、注目された人事で、菅は、小沢と距離を置く仙谷由人や岡田克也らを要職で起用。一方、小沢に近い議員を副大臣や政務官に充てた。しかし、小沢側は、ノーサイドとは受け止めなかった。
松木: あんなもん、挙党態勢なんて話になる訳ないじゃないですか。農水の政務官に松木謙公を入れてお茶を濁すなんてね。そんなバカな話はね、ゴミみたいな話です、私に言わせたら。
N: 代表選挙に敗れた小沢は、次なる菅降ろしに向け、タイミングを探り始める事になった。
N: 菅政権は、国会でも逆風にさらされていた。参議院では野党が多数を握るねじれ国会に直面。
参議院予算委員会 「お静かに願います」
N: 最大野党の自民党が倒閣姿勢を鮮明にした事で、国会審議が進まない常態が続いていた。
菅(国会答弁): リーダーシップについて真正面から答えてるじゃないですか!
N: 自民党執行部が倒閣を急ぐ背景には、落選議員を数多く抱える党内事情もあった。一昨年の衆議院選挙で180余りの議席を失い、「最大派閥は落選議員」とまで言われる事態となっていた。
伊吹文明(自民党会合): 早く解散をするという事なんですよ。だから待機中の皆さんは…
N: 毎週開かれる派閥の会合。ここでもバッジのない元議員の姿が目立つ。
桜田(街頭演説): おはようございます。おはようございます。通勤、通学、ご苦労様でございます。
N: おととしの選挙で落選した自民党の元議員、桜田義孝。衆議院議員を4期務め、内閣府副大臣などを歴任してきた。国政復帰を目指す桜田。議員報酬を失い、党から支給される活動費もほぼ半減。預金を切り崩しながら、次の選挙を待っている。
桜田: 負けるという事は、こんな思いをしなくちゃならないのかというものを嫌というほど感じましたね。
N: 桜田は、同じく落選した元議員と、二度に亘って総裁の谷垣に申し入れを行った。
桜田: 「総選挙に持ち込めるように、改めてお願いを申し上げます。」以上でございます。よろしくお願いします。(谷垣氏に要望書を手渡す)
桜田: やっぱり、もうちょっと谷垣総裁には、パワーアップしてね、ばんばんばんばんと積極的な攻撃をやってもらいたいですね。攻撃は最大の防御になると言うけど、ここは撃って撃って撃ちまくるというような形で、勢いよく押しまくってもらいたいですね。
谷垣: 今、野にあられる方が、これは腹に煮えくり返る思いというか、なんとかしなきゃ、なんとかしてほしいと思うのは、当然だと思います。だから、我々初めから、何て言うんでしょうか、実現性のないペテンのようなマニフェストだと思ったんですが、それに、何て言うのか、やられてしまったという事がありましたから。それは、やるんならおやりになったらいいけど、やれないなら、国民の前に明確に総括をして、信を問い直すべきだと。
映像: 東京富士美術館(八王子市)
N: 自民党が対決姿勢を強める中、注目されたのは、公明党の対応だった。去年9月下旬、菅は、公明党の支持母体層化が会の関連施設である美術館を突如訪問。ねじれの解消を目指して公明党に協力を呼びかけるねらいがあった。
菅: まあ色んな方が色んなアドバイスがあって、そういう友好関係を作る上での行動として、やられたらどうですかという話もあった事は事実です。
N: 公明党の国会対策委員長、漆原良夫。菅の行動に戸惑った。
漆原: あの話はもともと官邸関係者の方から、2週間くらい前ですかね、「菅総理、公明党さんにお土産を考えてらっしゃるようですよ」と。「お~」と思いましたね。どんなお土産なんだか。で、あの訪問になる訳ですね。その時に、その関係者から、「お土産はその事なんですよ」という事を電話で聞きましたけども、これを公明党に対するお土産だというふうに感ずる感性は、いかがなものかなというふうに思いましたね。むしろ、総理の、あるいは官邸の底の浅さを感じました。
N: 更に、菅は、政権交代当初連立を組んでいた社民党にも協力を呼びかけたものの、失敗。ねじれを解消できない中で、政権運営は厳しさを増していった。
字幕: 2011年3月11日
N: そして、3月11日。
映像: 揺れる町。「やばい、やばい、やばい!」津波に呑まれた原発や町。
N: 東日本大震災。福島第一原子力発電所の事故。未曾有の国難の中、政治の一刻も早い対応が求められた。被災地の復旧や原発対応が思うように進まず、菅政権への風当たりは強まっていった。
映像: 避難所から立ち去ろうとする菅総理一行。
被災者: もう帰るんですか?
被災者: 総理が来ると言うから待っているのに、ここを通り過ぎられてどんな気持ちだか分かりますか?
菅: ほんとうにごめんなさい。そんなつもりで通り過ぎるつもりじゃなかったんです。
被災者: 信用できるものもなかなか信用できないですよね。
N: こうした中、永田町では、菅政権への不信任決議案を巡る駆け引きが活発化し、権力闘争が繰り広げられる事になった。